労災隠しは犯罪——「労災を使わないで」と言われたときの対処法
結論からお伝えします。会社から「労災を使わないで」と言われても、応じてはいけません。労災隠しは労働安全衛生法違反の犯罪であり、会社の証明がなくても労災申請はご自身でできます。仕事中にケガをしたのに、会社から「健康保険で治療しておいて」「大ごとにしたくないから労災は使わないでほしい」と言われた——。当事務所への労災のご相談の中でも、よくお聞きするお話です。
・会社から「労災を使わないで」と言われても応じてはいけない
・労働者死傷病報告を出さない「労災隠し」は労働安全衛生法違反の犯罪
・会社の証明がなくても、労働者本人で労災申請ができる
このお願いに応じてしまうと、治療費・休業補償・後遺障害の補償など、本来受け取れるはずのものを受け取れなくなるおそれがあります。このコラムでは、応じてはいけない理由と、労働者側が取るべき行動を解説します。
そもそも「労災隠し」は犯罪です
労働者が業務中の事故でケガをして休業した場合、会社は労働基準監督署に「労働者死傷病報告」を提出する義務があります(休業4日以上なら遅滞なく、休業4日未満(1〜3日)でも四半期ごとに提出が必要です)。これを提出しなかったり、虚偽の内容で提出したりすることが、いわゆる労災隠しです。休業が短いから報告不要、ということにはなりません。報告をしなかったり虚偽の報告をしたりすると、労働安全衛生法違反として50万円以下の罰金が科される犯罪であり(労働安全衛生法100条1項・120条5号、労働安全衛生規則97条)、厚生労働省・労働基準監督署も「労災かくしは犯罪です」として摘発を続けています。令和7年1月からは労働者死傷病報告の電子申請が原則になり、報告の有無や内容は以前より把握されやすくなっています。
・「健康保険で治療して」と頼まれる
・仕事中の事故なのに「通勤中」「プライベートのケガ」として処理される
・下請や派遣元など、別の会社の事故として付け替えられる
・休業を3日以内に抑えるよう出勤を求められる、休んだ日を有給や出勤扱いにされる
・「見舞金を出すから」「治療費は会社が持つから」と口止めされる
※この記事は仕事中の事故(業務災害)を対象としています。通勤途中の事故(通勤災害)には労働者死傷病報告の提出義務はありませんが、労災保険の給付は同様に受けられます。
※労働者死傷病報告の提出義務があるのは、労働者が死亡または休業した場合です。休業を伴わない通院のみのケガ(休業0日)には提出義務自体はありませんが、その場合でも労災保険の治療費(療養補償給付)の対象であることに変わりはなく、「休んでいないから労災ではない」ということにはなりません。
つまり、「労災を使わないでほしい」というお願いは、労働者に配慮した提案ではなく、会社が自らの法律違反を隠すための依頼である可能性が高いのです。
健康保険で治療を受けてはいけない理由
業務中のケガの治療に健康保険を使うことには、次の問題があります。
- そもそも使えません——業務上のケガ・病気は健康保険の対象外です(健康保険法上、業務災害は給付対象から除かれています)。後で発覚すると、健康保険組合から給付分の返還を求められることがあります。
- 自己負担が発生します——労災保険なら治療費は原則全額給付(自己負担なし)ですが、健康保険では3割の自己負担が生じます。
- 休業補償を受けられません——労災保険の休業(補償)給付は、労災として扱われて初めて受給できます。
- 後遺障害の補償につながりません——症状が残った場合の障害(補償)給付も、労災認定が前提です。
- 証拠が残りません——「仕事中の事故だった」という記録が公的に残らないため、後から会社に損害賠償請求をする際の立証も難しくなります。
労働者側が取るべき5つの行動
1. 病院で「仕事中のケガ」であることを必ず伝える
受診時に「業務中の事故」であることを伝え、労災保険での受診を申し出てください。診療録(カルテ)に事故状況が記録されることは、後々まで重要な証拠になります。すでに健康保険で受診してしまった場合も、医療機関に労災であることを伝えれば切り替えができることが多く、窓口で払った自己負担分は労災保険への請求で精算します(切り替えができない場合は、健康保険に給付分を返したうえで労災保険に療養の費用を請求します)。
2. 事故の証拠を残す
事故現場・機械・作業環境の写真、目撃した同僚の氏名・連絡先、会社とのやり取り(LINEやメールはスクリーンショット)を保存してください。「労災を使わないで」と言われた場面の録音やメッセージも、そのまま残しておきましょう。
3. 労災申請は自分でできることを知っておく
労災保険の請求書には会社の証明欄がありますが、会社が証明を拒否しても申請は可能です。その場合は、会社が証明に応じない事情を書き添えて労働基準監督署に提出すれば、監督署が調査のうえ判断します。会社の協力は労災申請の必須条件ではありません。
4. 「労災を使わない代わりの補償」の口約束を信じない
「治療費は会社が持つから」「給料は保障するから」という口約束は、治療が長引いたり後遺症が残ったりした途端に反故にされるケースが後を絶ちません。仮に一部支払われたとしても、慰謝料や逸失利益まで含めた適正な賠償額には遠く及ばないのが通常です。口約束だけでなく「示談書」「合意書」といった書面へのサインを求められた場合も同じで、労災保険の給付を受ける権利をあらかじめ放棄することは認められません(給付を受ける権利を事前に放棄する合意は無効と解されています)し、少額の示談では後から悪化した症状や後遺障害の分までは補償されないおそれがあります。サインの前に必ずご相談ください(示談前に確認すべきこと)。
5. 早めに弁護士・労働基準監督署に相談する
会社との関係を心配して一人で抱え込む方が多いのですが、時間が経つほど証拠は失われ、時効(労災保険給付は2年または5年、損害賠償請求は損害と加害者を知った時から原則5年・事故等の時から最長20年)も進行します。労災隠しをするような会社は、安全配慮義務違反の損害賠償請求でも争ってくる可能性が高いため、早期に弁護士へ相談されることをおすすめします。
労災隠しはどこから発覚するか——病院からの連絡と通報の窓口
労災隠しは、医療機関から労働基準監督署への照会、労基署の調査、そして労働者本人や同僚からの通報で発覚します。通報先は事業場を管轄する労働基準監督署で、厚生労働省のウェブサイトにある「労働基準関係情報メール窓口」からは匿名でも情報提供ができます。労働基準監督官には守秘義務があり、誰が通報したかを会社に伝える運用ではありません。ただし、通報は労災申請そのものではありません。通報とは別に、ご自身の労災保険の請求書を提出することが、補償を受けるための手続きです。
「会社に迷惑がかかるのでは」と心配な方へ
労災保険は国の制度であり、給付は国から支払われます。会社の規模や業種によっては、労災事故の発生状況に応じて労災保険料率が上下する仕組み(メリット制)があるため、「保険料が上がる」「労基署の調査が入る」ことを恐れて申請を嫌がる会社もあります。しかしそれは会社側の都合にすぎず、労働者が適正な補償を受ける権利を妨げる理由にはなりません。むしろ、労災隠しに加担してしまうと、あなた自身が適正な補償を受けられなくなります。労災申請は労働者の正当な権利です。ためらう必要はありません。
◆ 労災隠しに関与した本人が職を失った例——ビル建設工事の事務所長が、作業員らの被災事故についていわゆる労災隠しをしたとして諭旨退職処分を受け、その無効を求めて争った事案で、裁判所は「労災隠しによる企業秩序侵害の程度の大きさ、実害の大きさ」などから処分は重すぎないと判断し、請求を退けました(東京地裁平成25年9月27日判決)。上司から労災隠しへの協力を求められても、関与した本人が重い処分を受けるリスクがあります。断るべき明確な根拠です。
◆ 「一切請求しない」という示談書にサインした後でも争えた例——労災事故で亡くなった作業員のご遺族が、今後異議を申し立てない旨の示談書に押印した後に損害賠償を請求した事案で、裁判所は、示談書作成の過程で会社の責任や損害額について争いがなく、記載された金額も実際の損害額に比べて少額にすぎないなどの事情から、一切の請求を放棄する和解が成立したとは認められないとして、会社に支払いを命じました(大阪地裁昭和40年3月5日判決)。少額の示談で泣き寝入りする必要はありません。
◆ 会社は労働者への支給決定を裁判で覆せない——労災保険料が上がる仕組み(メリット制)の対象となる会社が、労働者への労災保険の支給決定の取消しを求めて出訴できるかが争われた事案で、最高裁は、事業主にはその訴えを起こす資格(原告適格)がないと判断しました(最高裁令和6年7月4日判決)。保険料を理由に会社がどれだけ嫌がっても、労働者への給付そのものを会社が裁判で覆すことはできません。
◆ 後からの立証は難しい——だから早く動く——会社が速やかに労基署へ報告しなかったせいで十分な治療を受けられず後遺障害が残ったとして、労働者が損害賠償を求めた事案では、労災隠しと後遺障害との因果関係が認められず請求が退けられました(東京地裁平成19年7月27日判決)。労災隠しの被害を後から立証するのは簡単ではありません。事故直後からの記録の保全と早期の労災申請が何より大切な理由です。
まとめ
会社から「労災を使わないで」と言われても、応じてはいけません。労働者死傷病報告を出さない労災隠しは労働安全衛生法違反の犯罪であり、会社の証明がなくても労働者本人で労災申請ができます。事故直後からの記録の保全と早期の申請が、後の補償と賠償を守ります。
会社とのやり取りに不安があれば、初回無料のご相談で対応の手順をご説明します。
よくある質問
Q.会社から「健康保険で治療して」と言われました。従うとどうなりますか?
A.業務上のケガ・病気は健康保険の対象外であり、後で発覚すると給付分の返還を求められることがあります。労災保険なら原則自己負担なしの治療費に3割の自己負担が生じ、休業補償や後遺障害の補償も受けられなくなるおそれがあります。
Q.会社が労災の証明を拒否しています。申請をあきらめるしかないのでしょうか?
A.あきらめる必要はありません。会社の証明がなくても申請は受理されます。証明欄は空欄のまま、会社が証明を拒否した事情を書き添えた上申書を添えて労働基準監督署に提出すれば、労基署が調査のうえ判断します。
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