労災の症状固定とは?いつ誰が決める・補償はいつまで続くか
結論からお伝えします。労災の症状固定(労災保険では「治ゆ」と呼びます)とは、症状が安定し、治療を続けてもそれ以上の改善が医学的に期待できなくなった状態のことです。医学的には主治医が判断し、労災手続きのうえでは労働基準監督署長が主治医の所見をふまえて認定します。会社や保険の担当者が決めるものではありません。症状固定になると治療費と休業補償は終わりますが、補償そのものが終わるわけではなく、後遺障害の等級認定と会社への損害賠償請求という、金額面で最も重要なステージの始まりです。この記事では、症状固定の意味と決め方、補償はいつまで続くのか、時期を焦ってはいけない理由、固定後に悪化した場合の再発・アフターケア、後遺障害診断書の注意点を解説します。
・症状固定(治ゆ)は「症状が安定し、治療しても改善が期待できなくなった状態」。医学的には主治医が判断し、労災手続上は労基署長が認定する
・治療費・休業補償は症状固定まで。その後は後遺障害の等級認定(年金または一時金)と会社への損害賠償請求に移る
・時期を焦ると等級や慰謝料で不利になる。症状固定時の後遺障害診断書が等級認定審査の最重要資料になる
症状固定とは何か——労災保険では「治ゆ」と呼びます
症状固定とは、「これ以上治療を続けても、症状の大きな改善が医学的に見込めなくなった状態」をいいます。厚生労働省の定義では、労災保険における「治ったとき」とは、身体が健康時の状態に完全に回復したときだけでなく、傷病の症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行ってもその医療効果が期待できなくなった状態をいい、これを「治ゆ(症状固定)」と呼びます。すっかり元どおりに治ること(完治)とは違います。たとえば、骨折で骨がつき、痛みが残っていても症状が安定して治療を続けても改善が見込めなくなったときや、リハビリで一時的に動きがよくなっても数日で元に戻る経過が続くときは、症状固定とされます。労基署の書類や診断書には「治ゆ(症状固定)」と書かれることがありますが、「治った」という意味ではないので、驚かないでください。
症状固定になると、治療を前提とした療養(補償)給付と休業(補償)給付は原則として終了します。ここだけを見ると「打ち切り」に思えますが——
症状固定は誰が決める?——主治医の判断と労基署長の認定
症状固定かどうかは、医学的な判断ですから、まず主治医の判断が基礎になります。そのうえで、労災保険の手続き上は、所轄の労働基準監督署長が、主治医の臨床所見をふまえて「治ゆ」の時期を認定します。厚生労働省の手引でも、労基署長は担当医師の所見を参酌して決定するのが通例とされています。つまり、会社や保険の担当者が「もう症状固定でしょう」と言っても、それで決まるものではありません。逆に、本人が「まだ働けない」と言うだけでは治療は続けられず、主治医が治療の効果を見込んでいるかどうかが鍵になります。
労災の補償はいつまでもらえる?——症状固定の前後で変わる給付
| 給付・手続き | いつからいつまで |
|---|---|
| 療養(補償)給付(治療費) | ケガ・病気の治療開始から症状固定まで。固定後の治療は原則として労災保険の対象外になります(例外は後述の再発・アフターケア)。 |
| 休業(補償)給付 | 療養のため働けず賃金を受けない日の4日目から症状固定まで(労災保険法14条)。退職しても続きます。療養開始から1年6か月たっても治らず、傷病等級1〜3級に当たる重い状態のときは傷病(補償)年金に切り替わり、その間は休業給付に代えて年金が支給されます(同法12条の8第3項・18条2項)。 |
| 障害(補償)給付 | 症状固定の後、残った障害の等級(1〜14級)に応じて、1〜7級は年金、8〜14級は一時金が支給されます(同法15条)。請求の時効は症状固定の日の翌日から5年です(同法42条)。 |
| 会社への損害賠償 | 症状固定後、認定された等級を前提に、慰謝料や逸失利益の不足分を請求します。症状固定前に金額を確定させることはできません。 |
| 解雇制限(労働基準法19条) | 業務災害の療養のための休業期間とその後30日間は解雇できません。症状固定後30日を過ぎるとこの制限は外れますが、解雇には別途合理的な理由が必要です(労災休業中の解雇の解説)。 |
※休業(補償)給付の金額や計算は「労災の休業補償はいくら・いつまで?」をご覧ください。
症状固定=補償の終わり、ではありません
症状固定の後には、次の2つの手続きが控えています。
| ① 後遺障害の等級認定 | 残った症状について障害(補償)給付を請求し、1級〜14級の認定を受けます。等級に応じて年金または一時金が支給されます(等級別の金額早見表)。 |
|---|---|
| ② 会社への損害賠償請求 | 認定された等級をもとに、労災保険からは支払われない慰謝料や、労災保険給付だけでは補いきれない逸失利益の不足分を会社に請求します。重い等級では数千万円規模になります。 |
つまり症状固定は、受け取れる金額の「計算の基礎」が確定する分岐点なのです。
症状固定の時期を焦ってはいけない理由
- 治療効果が出ているうちに固定すると、症状が十分改善しないまま治療機会を失います。
- 治療期間が短いと、入通院慰謝料も少なくなります。
- 回復途中の状態で等級審査を受けると、本来より軽い等級になったり、逆に「まだ改善余地がある」として非該当になったりすることがあります。
症状固定の時期は、本来主治医の医学的判断によるべきものです。労基署や会社から促されても、主治医が「まだ治療の効果がある」と考えているなら、その旨を伝えて治療を続けてください。判断に迷ったら、この段階でご相談いただくのが最も効果的です。
頸肩腕症候群にかかった労働者に対し、労基署長が「治癒(症状固定)に達した」として休業補償給付・療養補償給付の不支給処分を繰り返した事案で、東京高裁は、まだ療養の必要性が認められる期間にされた不支給処分を違法として取り消しました(その後、症状が固定したと認められる時期以降の処分は適法と判断。東京高裁平成5年12月21日判決)。
この裁判例から学べることは2つあります。第一に、労基署の症状固定の認定は絶対ではなく、医学的な実態に照らして争う余地があること。第二に、どの時点で「固定」と認められるかで結論が分かれる以上、治療の必要性を示す医学的な資料(症状の経過・治療効果の記録)を診療の段階から残しておくことが決定的に重要だということです。この判決は、治ゆにあたるかどうかは裁判所が事実として判断するもので主治医の意見に拘束されるものではなく、療養の必要性を証明する責任は労働者側にあるとも述べています。そのため、「痛みが残っている」「主治医が必要と言っている」というだけでなく、治療によって症状が実際に改善している事実を検査結果やカルテの推移として客観的に残しておくことが、争ううえでの強力な武器になります。納得できない打ち切りには、審査請求という不服申立ての手段もあります。
症状固定の後に悪化したら——「再発」とアフターケア
症状固定の後に症状が悪くなった場合、次の3つの要件を満たすと「再発」として労災保険の療養(補償)給付・休業(補償)給付が再び受けられます。①症状の悪化が当初の労災のケガ・病気と相当因果関係があること、②症状固定の時からみて明らかに症状が悪化していること、③治療をすれば症状の改善が期待できると医学的に認められること、です。再発の認定も労働基準監督署長が行い、改めて療養の請求書(労災指定病院で受診する場合は様式第5号など)を提出します。すでに障害(補償)年金を受けている方が再発の療養を受ける場合は、年金の扱いが変わるため、別途労基署への届出が必要です。症状固定の後に骨折部の金属を抜く手術をする場合も、再発として扱われます。
また、せき髄損傷、頭頸部外傷症候群、慢性肝炎、振動障害など20の対象傷病については、症状固定後も後遺症状の動揺や関連する病気を防ぐため、傷病ごとに定められた頻度(1か月に1回程度など。傷病や病状により異なります)で診察・保健指導・検査を原則無料で受けられるアフターケア制度があります。都道府県労働局に申請して「アフターケア手帳」(労災保険法施行規則28条。2023年4月の省令改正で「健康管理手帳」から名称が変わりました)の交付を受けます。対象傷病と申請期限は傷病ごとに異なるため、該当しそうな方は早めにご確認ください。なお、再発にもアフターケアにも当たらない固定後の通院は健康保険で受けることになりますが、労基署の判断が出る前に自己判断で健康保険に切り替えると手続きが複雑になりますので、切り替えの時期は主治医・労基署に確認してください。
後遺障害診断書が、その後のすべてを決めます
症状固定時に主治医が作成する後遺障害診断書(労災用の診断書)は、等級認定審査の最重要資料です。次の点に注意してください。
- 自覚症状(痛み・しびれ・動かしにくさ)を漏れなく具体的に伝える——診断書に書かれていない症状は「存在しない」ものとして扱われます
- 可動域測定・神経学的検査・画像検査(MRI等)など、等級の裏付けとなる検査を受けておく
- 記載内容が薄いと感じたら、提出前に弁護士のチェックを受ける
症状固定後のスケジュール
- 主治医に後遺障害診断書を作成してもらう
- 障害(補償)給付を労基署に請求(業務災害は様式第10号、通勤災害は様式第16号の7)
- 労基署の調査・面談(必要に応じて)を経て等級決定(目安3か月〜)
- 等級を前提に損害額を計算し、会社へ損害賠償請求(示談交渉→訴訟。事案により労働審判)
※労災の障害(補償)給付の請求権は、症状固定の日の翌日から5年で時効により消滅します(時効の解説)。症状固定の判断を先延ばしにしたまま放置せず、早めに手続きを進めてください。
等級決定前に会社から示談を持ちかけられても、応じてはいけません(示談前に確認すべき5つのこと)。
まとめ
症状固定(治ゆ)は、症状が安定し治療しても改善が期待できなくなった状態で、医学的には主治医が判断し、労災手続上は労基署長が認定します。治療費と休業補償は症状固定までですが、その後は後遺障害等級の認定と会社への損害賠償請求という次のステージが始まります。時期を焦ると等級や慰謝料で不利になり、固定後に明らかに悪化すれば再発として再び補償を受けられる場合があります。症状固定時の後遺障害診断書が、等級認定の最重要資料です。
「そろそろ症状固定」と言われたら、診断書を書いてもらう前に初回無料のご相談をご利用ください。
よくある質問
Q.症状固定と言われたら、もう補償は終わりなのですか?
A.いいえ。療養(補償)給付・休業(補償)給付は原則として終了しますが、その後は残った症状についての後遺障害の等級認定と、認定された等級をもとにした会社への損害賠償請求という手続きが控えています。症状固定は、受け取れる金額の計算の基礎が確定する分岐点です。
Q.症状固定の時期は誰が決めるのですか?
A.医学的な判断ですから、まず主治医の判断が基礎になります。労災保険の手続き上は、所轄の労働基準監督署長が主治医の所見をふまえて「治ゆ」の時期を認定します。会社や保険の担当者が決めるものではありません。労基署や会社から症状固定を促されても、主治医がまだ治療の効果があると考えているなら、その旨を伝えて治療を続けてください。判断に迷ったら、この段階でのご相談が最も効果的です。
Q.労災の補償はいつまでもらえますか?
A.治療費(療養補償給付)と休業補償給付は症状固定までです。療養開始から1年6か月たっても治らず重い状態のときは、休業補償給付に代わって傷病補償年金が支給されます。症状固定後は、残った障害の等級に応じた障害補償給付(1〜7級は年金、8〜14級は一時金)に移ります。障害補償給付の請求は症状固定の日の翌日から5年以内に行ってください。
Q.症状固定の後に症状が悪化しました。また労災の治療を受けられますか?
A.悪化が当初の労災のケガ・病気と因果関係があり、症状固定の時より明らかに悪化していて、治療すれば改善が期待できると医学的に認められる場合は、「再発」として再び療養補償給付・休業補償給付を受けられます。労働基準監督署長の認定が必要なので、まず主治医に相談のうえ労基署に申し出てください。
Q.症状固定と言われた後、会社から解雇されることはありますか?
A.業務災害の療養のための休業期間とその後30日間は、労働基準法19条により解雇できません。症状固定後30日を過ぎるとこの制限は外れますが、解雇には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要で、後遺障害を理由に安易に解雇することは認められません。解雇や退職勧奨を受けたら、応じる前にご相談ください。
診断書の準備から等級認定、会社への請求まで、いちばん差がつく段階です。初回相談は無料です。
※お電話・メール・LINEはご相談の予約受付です。利益相反や業務の状況により、ご相談をお受けできない場合があります。