仕事中にクマに襲われたら労災になる?通勤中の被害と会社の責任
結論からお伝えします。林業や農作業、測量、配達、工場や店舗の敷地内など、仕事中にクマに襲われてケガをした場合は、原則として労災保険の業務災害として補償の対象になると考えられます。山林や出没地域で働くこと自体にクマと遭遇する危険が含まれており、その危険が現実になったとみられるからです。通勤の途中で襲われた場合は、原則として通勤災害です。ただし、業務を離れた私的な行為中の事故や、故意・重大な過失がある場合などは個別に判断されるため、例外もあります。本人の軽い不注意であれば給付は支給されますが、故意や重大な過失がある場合には給付の全部または一部が行われないことがあります(労災保険法12条の2の2第2項)。さらに、出没情報を知りながら単独作業をさせていたなど、会社に対策の落ち度があれば、労災保険とは別に会社へ損害賠償を請求できる可能性があります。
・仕事中のクマ被害は原則として業務災害、通勤途中なら原則として通勤災害として労災保険の対象になる(私的な行為中の事故などの例外はある)
・野生のクマには「第三者行為災害」の手続きは不要で、労災給付は全額受け取れる
・会社には出没情報の周知・複数人作業・撃退スプレーや鈴の配備などの安全配慮義務があり、怠っていれば損害賠償を請求できる可能性がある
クマ被害は過去最多——仕事中の被害も起きています
環境省の集計(速報値)では、令和7年度のクマによる人身被害は216件・238人、うち死亡13人と、人数・死者数とも過去最多でした。月別では10月が78件・89人で最も多く、9月から11月に集中しています。林野庁も令和7年11月の通知で、林業関係者が山林内の測量作業中にクマに襲われて負傷した事故を挙げ、林業現場での人身被害防止の徹底を都道府県に求めました。令和8年度に入っても被害は続いており、工場の敷地や店舗の周辺で作業中の従業員が襲われる事故も報道されています。環境省のマニュアルも、林業や林内の工事、公園のパトロール、下草刈りなどの山林作業中にクマと遭遇して人身被害が起こる可能性を明記しています。
仕事中のクマ被害は、原則として「業務災害」になる
労災保険の業務災害と認められるには、事業主の支配下で働いている最中の出来事であること(業務遂行性)と、業務とケガとの間に相当因果関係があること(業務起因性)が必要です。クマのような野生動物の襲撃は、一見すると業務と無関係な「自然界の危険」のようにも思えます。しかし、山林や出没地域で作業する業務には、クマと遭遇する危険がもともと含まれています。その危険が現実になってケガをしたのですから、業務起因性が認められるのが原則です。台風や落雷と同じ「業務に伴う危険の現実化」という考え方です。ただし、労災認定は労働基準監督署長が個別の事情をみて判断するもので、業務を離れた私的な行為中の被害などは認められないことがあります。
| 場面 | 労災の扱い | ポイント |
|---|---|---|
| 林業・造林・下草刈り・測量・林内工事 | 原則として業務災害 | 山林作業そのものにクマと遭遇する危険が含まれる典型例 |
| 農作業・果樹の収穫・水田の見回り | 原則として業務災害(雇用されている労働者の場合) | 個人農家・家族従事者は特別加入の有無と範囲がポイント(後述) |
| 配達・訪問介護・検針・パトロールなど屋外の移動業務 | 原則として業務災害 | 出没地域での屋外業務中の被害。移動経路が業務の一部 |
| 工場・店舗・事業所の敷地内に侵入したクマに襲われた | 原則として業務災害 | 事業主の管理する施設内での被害。始業前・休憩中の構内移動も含む |
| 休憩時間に業務を離れて山菜採りや釣りをしていた | 原則として対象外 | 業務から離れた私的な行為中は業務遂行性が否定される。わざとクマを刺激した場合も対象外 |
※「自分が不注意だった」と感じても、軽い不注意であれば労災保険の給付は支給されます。給付の全部または一部が行われないのは、故意や重大な過失がある例外的な場合に限られます(労災保険法12条の2の2第2項)。申請をためらう理由にはなりません。
野生動物による被害が業務災害と認められた例として、工場の構内を歩いていてマムシに咬まれた事故が労災と認定された事例が文献で紹介されています。クマに限らず、事業場の敷地内や作業環境に潜む危険な動物による被害は、労災の検討対象になります。
通勤途中に襲われたら「通勤災害」
自宅と勤務先の間を合理的な経路と方法で移動している途中にクマに襲われた場合は、原則として通勤災害として労災保険の対象になります(労災保険法7条2項)。寄り道などで経路を逸脱・中断していた間の被害は対象になりません(同条3項)。早朝や夕暮れに山沿いの道を歩いて、または自転車で通勤していて襲われたケースが典型です。出没情報が出ていたためにいつもと違う道を回り道した場合も、やむを得ない迂回として合理的な経路と認められます。業務災害との手続きの違い(様式の番号、最初の3日間の補償)は「通勤中と会社敷地内の違い」で解説しているとおりです。
野生のクマには「第三者行為災害」の手続きはいらない
労災保険には、交通事故のように他人の行為でケガをした場合に「第三者行為災害届」を出し、加害者からの賠償と労災給付を調整する仕組みがあります(労災保険法12条の4)。しかし、所有者も管理者もいない野生のクマは、損害賠償の責任を負う「第三者」ではありません。ですから、野生のクマに襲われた場合は第三者行為災害には当たらず、労災保険の給付をそのまま全額受け取れます。労基署の窓口で届出を求められることはないはずですが、「相手は野生動物で、管理者はいない」と説明すれば足ります。飼育されていたクマや動物園から逃げた個体に襲われた場合は、飼育者・管理者の責任(民法718条)が問題になり、第三者行為災害として取扱いが変わります。
◆ 直接かまれていなくても「動物の加えた損害」になる(最高裁昭和58年4月1日判決)——飼い主の手を離れた小型の愛玩犬が、自転車に乗った7歳の児童に近づき、驚いた児童が操縦を誤って川に転落し、左眼を失明した事故で、最高裁は飼い主に民法718条の損害賠償責任があると判断しました(反対意見があります)。動物の接近で体勢を崩して負傷した場合にも、飼い主の責任が認められ得ることを示す例です。
◆ 仕事中に営業先の飼い犬にかまれた事案で、過失相殺6割(京都地裁平成14年1月11日判決)——保険の外交員が営業先の会社の建物で飼い犬にかまれた事案で、裁判所は、飼い主が相当の注意をもって飼育していたとはいえないとして免責の主張を退けました。一方で、必要もないのに犬をかまいに行った原告の軽率な行為も原因だとして損害の6割を過失相殺し、治療費や休業補償として受けていた労災保険の給付も差し引いたうえで、約74万円の支払いを命じました。仕事中でも相手が飼育動物であれば、飼い主への請求と労災給付の調整、そして被害者側の過失が問題になることが分かります。
受けられる補償——顔の傷は後遺障害の対象になります
クマの攻撃は顔面や頭部に集中するため、治療費や休業補償に加えて、後遺障害の等級認定が重要になります。
- 治療費——療養補償給付。労災指定病院なら窓口負担なし。
- 休業中の収入——休業4日目から給付基礎日額の8割(休業補償の計算方法)。
- 顔の傷あと——労災の障害等級表では、外貌に著しい醜状を残すものは7級の12、相当程度の醜状は9級の11の2、醜状は12級の14に当たります(自賠責保険とは号数が異なります)。年金か一時金か、慰謝料がいくらかは「後遺障害等級と金額一覧」をご覧ください。
- 目や腕・手の損傷——視力の低下・失明、関節の可動域制限、神経の損傷などは、それぞれの基準で等級が決まります。
- 亡くなった場合——ご遺族に遺族補償年金・葬祭料が支給されます(ご遺族が進める手続き)。
会社に責任を問えるか——安全配慮義務と「危ない現場は断れる」
労災保険からは慰謝料が出ません。会社に安全配慮義務違反があれば、慰謝料や休業損害の残りを会社に請求できます。会社は、労働者が生命・身体の安全を確保しながら働けるよう必要な配慮をする義務を負っています(労働契約法5条)。クマの出没地域で働かせる場合に会社に求められる対策は、林野庁の通知や環境省のマニュアルに具体的に示されています。
- 自治体・警察のクマ出没情報を確認し、現場の作業者に周知する
- 単独作業を避け、複数人で声を掛け合う作業体制にする
- 鈴やラジオなど音の出るものを携帯させ、クマ撃退スプレーを配備して使い方を教育する
- 燃料や弁当などクマを引き寄せる物の管理を徹底する
- 業務無線や衛星携帯など、緊急連絡の手段を持たせる
- 目撃情報があれば作業を中止し、退避させる
これらを怠っていた場合、たとえば出没情報が出ている山林で新人に単独作業をさせていた、撃退スプレーも鈴も用意していなかった、目撃の報告を受けながら作業を続けさせていた、といった事情があれば、会社の責任が認められる可能性があります。また、労働安全衛生法25条は、労働災害発生の急迫した危険があるときは、事業者は直ちに作業を中止して労働者を退避させなければならないと定めています。これは事業者に向けた義務の規定ですが、施行時の行政通達でも、客観的に労働災害の発生が差し迫っているときは、事業者の措置を待つまでもなく労働者が自主的な判断で作業現場から退避できるとされています。現場のすぐ近くでクマが目撃されているのに「作業を続けろ」と言われた場合、作業を断って退避することは、この規定の趣旨と会社の安全配慮義務(労働契約法5条)に照らして正当です。断ったことを理由に解雇や懲戒などの不利益を受けるいわれはありません。
農家・一人親方は「特別加入」が前提です
労災保険は雇われて働く人のための制度なので、個人で営む農家や一人親方の林業従事者は、特別加入をしていなければ補償を受けられません。林業の一人親方は一人親方等として、個人農家は特定農作業従事者として特別加入できます。特別加入していれば、承認された作業の範囲内でクマに襲われた場合に、労働者と同じ給付を受けられます。ただし、特定農作業従事者の特別加入は、トラクターなど動力機械を使う作業、高さ2メートル以上の作業、農薬散布、牛・馬・豚に接する作業などに対象が限られています。徒歩での見回りや手作業の草取りの最中に襲われた場合は、補償の対象外とされるおそれがあるため、襲われたときの作業が対象に含まれるかを確認する必要があります。一定規模以上の農家は、作業の種類を問わない中小事業主等としての特別加入も選べます。加入の仕組みと未加入の場合の考え方は「一人親方のケガは労災になる?」で解説しています。
被害に遭ったら——補償のために残しておくこと
- 救急・警察・自治体へ通報する——治療を最優先に。出没情報として自治体に伝えることが、次の被害を防ぎ、後の立証にもなります。
- 受診時に「仕事中(通勤中)にクマに襲われた」と伝える——労災指定病院なら様式第5号を、休業したら様式第8号を提出します(様式の書き方)。
- 状況を記録する——日時・場所・作業内容、同行者の有無、会社からの指示、事前に出没情報があったか、鈴やスプレーを渡されていたか。会社の責任を問うときの核心になります。
- 顔や目の傷は写真と診断書を残す——後遺障害の等級認定では、治療経過の記録が決め手になります。
まとめ
仕事中にクマに襲われたケガは、山林や出没地域で働くことに含まれる危険が現実になったものとして、原則として労災保険の業務災害になります。通勤途中なら原則として通勤災害です。業務を離れた私的な行為中の被害や、故意・重大な過失がある場合などは例外です。野生のクマには第三者行為災害の手続きは不要で、給付は全額受け取れます。顔の傷あとは後遺障害の等級認定の対象になり、出没情報の周知や複数人作業、撃退スプレーの配備といった対策を会社が怠っていれば、労災保険とは別に損害賠償を請求できる可能性があります。
クマ被害は毎年9月から11月に集中します。被害に遭われた方、ご家族の方は、初回無料のご相談で状況をお聞かせください。
よくある質問
Q.配達の仕事中にクマに襲われました。労災になりますか?
A.原則としてなります。出没地域での屋外の配達は、移動そのものが業務の一部で、クマと遭遇する危険が業務に含まれています。業務災害として療養補償給付や休業補償給付の対象になるのが通常ですが、配達を離れて私的な用事をしていた間の被害などは認められないことがあります。
Q.労基署から「第三者行為災害届」を出すように言われませんか?
A.野生のクマには所有者も管理者もいないため、損害賠償の責任を負う「第三者」が存在せず、第三者行為災害には当たりません。届出は不要で、労災給付は全額受け取れます。飼育されていた個体の場合は飼育者の責任が問題になり、扱いが変わります。
Q.クマが出ると分かっている現場での作業を断ってもいいですか?
A.現場付近で目撃情報が出ているなど急迫した危険がある場合、事業者には作業を中止して退避させる義務があります(労働安全衛生法25条)。会社の安全配慮義務(労働契約法5条)に照らしても、作業を断って退避することは正当で、それを理由に不利益な扱いを受けるいわれはありません。
労災の申請から、顔の傷あとの等級認定、会社への損害賠償請求まで、状況に合わせてご説明します。初回相談は無料です。
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